アロマの学校 / AEAJ(社団法人日本アロマ環境協会)総合認定校 / 千葉 / 蘇我  
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お歯黒のこと(2007年)

ohaguro

五倍子(ふし)

・・永遠の愛を誓う でぃびあす・お歯黒・・

今は指輪が永遠の愛を誓う証として結婚が決まったらまず最初の段階で「キラッ」とリングが指に輝くものです。そういえば十代の娘たちも装飾品としてそしてある意味で「わたしには決まったお方がいるのよ!」みたいな誇らし気な気持ちで。
さて江戸の時代の結婚の愛の証といえばお歯黒です。生娘の時代は白い肌、白い歯が命という感じでせっせと歯磨きに勤しみ、肌を白くするためにお銭湯で美白のためにうぐいすの糞で磨き上げていました。結婚後もお歯黒を染めるためにも毎朝の手入れで歯磨きは必需品。きれいな歯をめざすそのために楊子店という楊子の専門店もありました。楊子店には今でいうカリスマ店員が店先にいたので、店の回りには二重三重の人だかりになったほどだそうです。今でもキレイなお姉さんがいるお店にはそれにあやかろうとして沢山のギャルが集まったりします。カリスマ店員「柳屋のお藤」は江戸三美人といわれていろいろな浮世絵に登場します。
こうして美しく磨きあげた17才前後に江戸の女性たちは大半はお嫁にいくことになります。

・・お歯黒の美意識・・

お歯黒の美しさって何?という疑念が今の人たちにはあります。だって大笑いした歯が真っ黒なんです!まるでそこにはブラックホールがぽかっとあいているよう。今の美意識と同じで文明開化後の日本にやってきた西洋の方々からは、お歯黒に対する野蛮なというイメージがわきあがって古来からの習慣が次第にすたれていったのです。でも、今の時代でも「ガングロ」「ルーズソックス」など結構すごい美意識ってあります。昔の日本ではこれが「赤・白・黒」のお化粧三色がいちばん美しいとされていたそうです。このお化粧3色はいつから日本に定着していたのでしょう。
有名な魏志倭人伝に尊卑の差を朱丹であらわす習慣があったことや黒歯国という表現でお歯黒に関することなどに日本人の風俗が記されています。ということは日本人は卑弥呼の時代にはすでに、お歯黒をしていたようなんです。また、お歯黒が女性の化粧としてでてくるのは「古事記」の応神天皇の頃の文で「道で会った乙女は、椎や菱の実で染めたと思われる歯が美しく、濃く描いた眉も美しい」という文章があります。椎や菱の実は中身は白いけれど外見は黒く、菱はお歯黒の成分となるタンニンが含まれているので(きっとお歯黒にも使われていたのかもしれないという推測)、より黒が美しいというものを意識した文になっているのです。このように日本人は古来から「黒い歯は美しい!」という美意識を以て過ごしていたのです。
さて化粧の3色について話しを戻します。紅色(赤)については「日本書記」の雄略天皇のころに「鉛花も御はず(つくろわず)蘭澤(か)も加ふることなし(そうることなし)」という文があります。これは紅もつけず、香りのある油もつけなくっても美しいという意味になります。この文から、その頃には紅は美しくなるための道具だったことが分かります。また白粉については「古事記」のころ持統天皇(女帝)に鉛白をつくって献上した僧侶に大変喜んで御褒美をお与えになったと書かれています。やはり当時から白い顔というのも大切な美の必須アイテムの一つだったことがうかがわれます。

・・お歯黒は大人のしるし?・・

「源氏物語」のなかにまだ十歳の若紫に光源氏がお歯黒をさせると「美しう清らなり」(美しくなった)とあります。そう、当時は十歳くらいからお歯黒をしていたようです。十といえば小学生。なんだか美しいものという意識でない現代人が考えると不思議です。
中世にはいるとお歯黒も表示的な目的の強いものになっていきました。年令も十三歳「十三鉄漿(じゅうさんかねつけ)」〜十七歳。江戸の中期以降になると結婚が決まったあたりでお歯黒をつけはじめ、子どもができると眉を剃り落としたそうです。眉がなくって、歯が黒い?ということを想像すると昔の女性のスッピンって今よりすごい?と想像してしまいますね。でもなぜ、ここまでしてお歯黒をするのか、ひとつは「貞女二夫にまみえず」という貞節の印という考えから。もう一つはお化粧でその人の身分がわかってしまうほど厳しい封建制度の表示的な目的といわれています。
また別の角度からの説ですが、お歯黒をつけることによって子どもを産んだ後の女性の歯を守るということもあるようです。子どもが産めるというのは大人のしるし、まさしくそれです。
でも本当は単純な気持ちからと考え方もあると思います。「素敵なだんな様があらわれた」「私は夫のある身」というみせびらかしたいという気持ちから。

・・お歯黒にチャレンジ・・

 ペリー総督が日本にきてニコッと笑った女性の口元からこぼれる黒い歯をみて無気味だといったようですが、日本人の美意識の基本であったお歯黒の作り方をご紹介します。
まず、お歯黒水をつくろう!
 茶5合、古釘20〜30本、飴5匁、麹5勺、砂糖1匁、酒少々
1.お茶を沸騰させ、その中に焼いた古釘を入れる。
2.飴、麹、砂糖、酒を入れ、ツボに入れて密封する。
3.暗いところに2〜3ヶ月保存して、できあがり。茶褐色の液体で、甘く、独特の悪臭がします。
※ 尚、壷を無褌(ふんどし)の男性にまたいでもらうと良いお歯黒水ができるといいます。
五倍子の粉をつくろう!
 ヌルデの枝についた虫のこぶ虫こぶの塊(2〜5センチくらい)を採取して粉にします。
この二つを交互に、もしくは混ぜ合わせればできあがり、あとは歯をきれいに磨いてつけるだけです。でもすごい臭いだそうです。
ホリスティックなお歯黒
 ヌルデのこぶからとれる五倍子の粉に含まれているタンニンには歯質タンパクを収れんさせて腐敗を防止する力があるそうです。また他のお歯黒に含まれる成分には酢酸第一鉄とタンニン第二鉄がありますが、酢酸第一鉄にはリン酸カルシウムを強化する力があり、そしてタンニン第二鉄は歯の表面をカバーする力があるのです。お歯黒はそれだけでなく、つける前には一生懸命歯の手入れをしなければならないので、そのことも歯の健康に役立っていたようです。お歯黒をしていた最後の人といわれたおばあさんが、昭和51年当時秋田県にいらっしゃったようです。当時96歳になるおばあさんの歯はムシ歯がほとんどなく、50歳台の歯だったそうです。西洋からはきみが悪いといわれた習慣でしたが、歯の健康から考えますと美しさ(日本人の美意識)と健康がなんだか自然にマッチングしたとてもホリスティックな習慣だったと思います。

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 さて、初めてお歯黒をすることを「初かね」というそうです。まず親戚の中年の婦人などが「かね親」になっていただき、初お歯黒をつけます。この時使うお歯黒水は七軒の家からもらい集めなければいけないそうでとても恥ずかしいことだったようです。黒い化粧の第一歩お歯黒にはこうして恥ずかしい思いなどをして大人への階段を一歩を踏むというところ。今はなんとなく大人になってしまう感じがありますが、こうしたしきりがあるのはとても思い出になることだと思います。
ところで、お歯黒は一度つければそれまでではありません。先程書きましたように手入れがとても大切です。1687年に出された本「女用訓蒙図彙(おんなきんもうずい)」のなかに、お歯黒のたしなみとして「毎朝するのがよくて、二日に一度は中で、三日に一度は下である」と記されています。ということは毎日のお手入れをかかさないのが一番ということになり、黒々としたお歯黒を保つにはとてもきちんとしていないといけないようでした。こんなふうに常に黒々としたお歯黒を保つことは美人の証だったそうです。ホリスティックなお歯黒。やはり健康は一日にしてならず、なのです。

参照文献:山村博美さんの講演 第7回江戸たてもの園セミナー 町とたてものは変わるム化粧と化粧品店の変遷ム、NHKデータ情報部編ヴィジュアル百科 江戸事情 第六巻 服飾編雄山閣出版、お化粧と科学 日本科学学会編 大日本図書

※以上の文はAAJ会報誌No23号日本人の美とハーブーお歯黒ーの原案となった文章です。

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